宗教文化の網の目

「宗教を信じること」が暴走しないために。偏見や差別、暴力の助長に宗教が加担するような局面を減らしたい―。一筋縄ではいかない問題を、井上順孝さんが考えます。

第14回 情動・感情は宗教的信念を守る主役

寡黙な人が急に流暢に

 振り返ってみると、新宗教の信者となった人たちへの面談調査を本格的に始めたきっかけは、九学会連合*1による奄美調査に日本宗教学会からのメンバーとして参加したことである。奄美での調査は1975年から79年までの間に4回行なった。私に割り当てられたのは、奄美大島にある新宗教の調査であった。主に名瀬市と瀬戸内町の古仁屋で面談調査やアンケート調査をした。新宗教のうち当時全島的に信者が広がっていたのは、天理教、大本、創価学会であったが、とくに創価学会の信者数は他を圧倒していた。奄美大島での創価学会の信者による折伏活動は1957年から58年にかけて始まったが、最初に折伏活動がなされたのは古仁屋であった*2

 その古仁屋で創価学会の信者の家を訪問したときのことである。リーダー的な立場にあったM氏に、入信の経緯や現在の活動などについて話を聞いた。最初に世間話のような会話をしていたときは、同氏はどちらかというと寡黙で、ポツリ、ポツリとつぶやくような感じで話した。ところが、なぜ創価学会に入信したのかを聞いたとたんに、話が急に熱を帯び始めた。どのようなご利益があったかなど、入信してからの自分の変化を滔々と語った。船で海に出ていた時、亡くなっていた父の声が聞こえて九死に一生を得た話など、不思議体験にも及んだ。その口調の急変ぶりは、別人格になったような印象さえあった。

 その後、日本各地、あるいはハワイや北米、さらに台湾や韓国などで、いろいろな新宗教の信者の話を聞く機会を数々持つようになったが、似たような体験を何度かした。つまり、日常的な話題について話していたときはごく普通の話しぶりであったのに、宗教に関わる話になった途端、饒舌になり熱っぽく語り始める人がいるという体験である。入信理由を語る場合が多かったが、ご利益を得た体験話などの場合もよくあった。何かその人の信念体系の中核部分が刺激されたのかもしれない。俗に言う「スイッチが入る」という感じであった。

 「スイッチが入る」という言い方は、言動の次元が急に変わったような場合によく用いられる。相手の言動にそれが明らかなときもあれば、自分の言動にそれが自覚されることもある。意識的になされるのではなく、脳のどこかの部分が覚醒したかのように、ニューロンの伝達経路や広がり方が急に変わる。このスイッチが入ってからの語り口というのは、コンピュータプログラムにたとえるなら、サブルーチンの処理モードに入るような感じであろうか。何かのきっかけでその回路への処理がオンになると、あとは自動的に処理が進む。サブルーチンだから、異なった処理過程であっても同じものが利用され得る。

 どんなきっかけで、その話へとスイッチが入るのかはさまざまであっても、そこで話される内容は、おそらく強い情動ないし感情を伴うものに違いない。さらにまたその話は繰り返し想起されることで、関連する脳の回路は強化されてきた筈である。なのでその話をしている途中で、相手が疑問を差し挟んだり否定的な見解を示しても、当人がそれらを表面上はともかく、心の底で受け入れることはまずない。

 

相手が研究者でも構わず勧誘

 1970年代後半には浜松市での共同調査にも加わる機会があった。宗教社会学研究会*3という1975年から90年まで続いた若手研究者を中心とするグループが主体になった調査であった。ここでは黒住教の遠陽教会所を始めいくつかの教団を調査したが、イエス之御霊教会教団の牧師に面談調査したことがあった。この教団は東京に本部があり、1930年代に日本で新しく組織されたキリスト教の教団である。案内された一室で、しばらく浜松における教会の歴史などを説明していた牧師が、やおら学生を信者にした次のような体験を語り始めた。

 ある日、牧師は一人で車を運転していた。道路の脇にヒッチハイクの若者を見かけた。車を止めてその若者を助手席に乗せた。学生であることが分かったので、車を運転しながら、イエス之御霊教会の教えについてずっと説明をした。しばらくして若者に「洗礼を受ける気になりましたか?」と尋ねると、「はい」という答えが返ってきた。何分か車を走らせると、川があるのを見つけた。そこで車を止め、彼を川の所まで連れてゆき、全身を川の中に浸し洗礼を施したという。浸礼と呼ばれているやり方である。

 そのような話をしてから、牧師は私に向かって言った。「井上さん、そろそろ入信したいという気持ちになりましたか?」私は内心少しばかり驚いたが、すぐ「いいえ」と返した。「そうですか」と言って、牧師は話を続けた。面談の相手、つまりインフォーマントとして対応していて、いつの間にか勧誘者のモードになっていたのである。 ヒッチハイクの若者であろうと、調査に来た研究者であろうと、その牧師は、日常の会話をすぐさま自分の教えに導くための会話に切り替えるのが自然だったのだろう。

 宗教的な世界観、信念体系が日常生活を大きく支配している人たちの生きざまを、私は小さい時から身近で経験していたので、このような誘いにあってもとくに驚くことはなかった。だが研究者によっては調査時の面談等で、インフォーマントから精神面で大きな影響を受ける人もいる。調査をしているうちにその宗教に入信したという人もいた。入信しないと本当のことは分からないという言い方をする宗教者は少なくないから、誘いを受けること自体は珍しくはないようだ。

 10年以上前になるが、國學院大學で学部学生のゼミを担当していたとき、一人の学生がなぜ私のゼミを選んだかを語ったことがあった。このようなことを言った。路上でキリスト教系の新宗教の勧誘を受けた。言っていることがおかしいと思ったが、自分は言い返せなかった。悔しい思いをしたので、このゼミで宗教のことを勉強して、今度同じ教団の人に勧誘されたら論破したい。

 私は現代宗教について学ぶのはいいけれども、そうした教団の人を論破するというようなことはやめた方がいい。とてもあなたが太刀打ちできるような相手ではないと、その理由について自分の体験に基づいて説明をした。彼もだんだん分かったようで、その宗教の信者を論破するという目的は放棄した。現代宗教の研究自体は続け、別の教団での面談調査をしながら大学院修士課程まで学び続けた。

 

感化されてしまう場合

 宗教的信念は通常言葉で語られる。生きる目的は何か。どんな風に生きるべきであるか。神は人間に何を求めているか。仏の教えのもっとも大事な点は何か。死後にはどのような世界が待ち受けているか。そうした宗教ごとの教えは、それぞれの人が自分なりの理解の仕方で内面化される。強い信仰を持つ人は、内面化された宗教的信念が強い情動あるいは感情に裏打ちされないと持続できないのではと、次第に感じるようになった。宗教研究者は、ともすれば神学者や教学者、あるいは宗学者と呼ばれるような人たちが、文字で連ねた宗教的信念を対象にしがちである。ただ調査すればすぐ分かるが、新宗教の信者の場合、多くは教えの全体像を理解した上で強い信仰心を持つというわけではない。

 教団調査を重ねていた1970年代後半であったが、末日聖徒イエス・キリスト教会(通称モルモン教)の信者であった女性に入信の理由を聞いたことがあった。調査ではなく、たまたま研究室で一緒に仕事をすることになったので、世間話の雰囲気で尋ねた。モルモン教の戒律を守っていて、コーヒーも紅茶も飲まないということであった。話しているうちに彼女がモルモン教の教祖であるジョセフ・スミスについてまったく知らないと分かって驚いた。入信したのは知り合ったモルモン教の宣教師の人柄に惹かれたからという。このことはけっこう大事なポイントだと思い、以後、新宗教の信者への面談調査のときには、どのような人に出会ったことがその宗教への入信のもっとも大きな契機になっているかに、より細かな注意を払うようになった。

 ハワイとカリフォルニアにおける日系人の宗教調査は、東京大学の柳川啓一教授を研究代表者として1977年、79年、81年の3回実施されたが*4、私は3回ともメンバーに加わっていた。19817月にカリフォルニアのサンタモニカにあった創価学会(NSA*5の本部に通いつめ、米国人信者15名に面談調査をした。一人のインフォーマントに入信の理由を聞いた時、彼女はジャズピアニストとして有名なハービー・ハンコックの変わりように驚いたことに触れた。1975年に入信した彼女は音楽関係の仕事をしていたのだが、ハンコックにインタビューしたとき、彼の態度が以前とすっかり変わっていて幸せそうなのを感じた。その理由を彼に聞いて、創価学会に入信して考えが変わったことを知った。それで創価学会に関心を抱き、座談会(discussion meeting)に出席するようになった。6か月後、確信を得て入会したと語った。

 その面談調査のときは、私はハービー・ハンコックが何者であるか知らなかった。彼女の語る内容から、とても有名なミュージシャンだということが推測できただけである。数年後ハンコックのことを知り、彼女の体験話を思い出した。宗教を信じている人の人柄に感化されて、その宗教もまた素晴らしいと思うようになったというのは、新宗教に限らない。人が信仰の道を歩むときの1つの大きなきっかけである。多くの信者に面談調査すればするほど、宗教を受け入れている人の生きざまや考え方からの影響を受けて、自分も入信を決めるというケースが少なくないことを実感した。宗教を信じている人から誘いを受けてそれに共感するのは、理性的な判断に基づくというより、情動や感情面で強く作用するものがあるからに違いない。

 教会の礼拝についての面白いジョークがある。礼拝が終わった後、集まった信者たちに向かって牧師が言った。「来週は『うそをついてはいけない』という説教をします。その準備のためにみなさまは前もってマタイによる福音書の第29章を読んでおいてください。」次の日曜日になった。牧師は信者に尋ねた。「私が先週言った聖書箇所をお読みになってきたでしょうか?」敬虔そうな信者が何人か手を挙げた。牧師は言った。「今日はあなた達のためにお話ししましょう。マタイによる福音書には第28章までしかありません。」

 牧師の側からの自虐ネタ的であるが、多くのキリスト教信者は聖書をきちんとは読まないということを踏まえていると感じられる。日常的に聖書を読んで、そこに書いてあることを自分の生き方の糧にするというような人はそう多くはないだろう。しかし教会で牧師の切々たる話を聞けば、信仰心を強めるような情動が生まれよう。このジョークも宗教にとっていかに情動が重要かを、裏で語っているとも受け止められる。

 

ホメオスタシスへの注目

 人がどうして宗教的な世界あるいは特定の信仰に深く関わるようになるのかを、情動や感情面に注目して考えようとすると、アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio)が提示している壮大な見取り図はとても興味深い。『進化の意外な順序―感情、意識、創造性と文化の起源』(白揚社、2019年)の中で、ダマシオはホメオスタシス概念を中心に据えながら、情動や感情が人間の行動や文化に与えた影響について考察している。宗教的信念も感情が動機になってなされた知的発明の1つとみなしている。

 ダマシオは情動(emotion)と感情(feeling)を区別して用いている。ある出来事に直面して身体に現れる反応を情動と呼ぶ。喜び、悲しみ、怖れ、怒り、羨望、嫉妬、軽蔑、思いやり、賞賛などである。一方、感情は生命活動の状態をその人の心に告知する手段であるとする。これによって今自分の体がどんな状態にあるか、また外部環境がどのような状態にあるかを心に描けるようになった。

 ちょっと分かりにくいが、ダマシオが言いたいのはこう解釈できる。目の前にヘビやゴギブリがあらわれると、瞬時に恐れの情動が生じる。空腹時に甘いものを口にすると喜びの情動が生じる。情動は外界や身体内の変化に応じてすぐ生じる。これに対し、感情はもっと持続的である。何人かが集まっているとき、嫌な言葉を浴びせる人やにらむような目でみる人が何人かいてそれが長く続くと、その場が自分にとって居心地が悪いという感情を抱く。あるいは体も快調で仕事が順調なら、毎日の生活が楽しいという感情がわいてくる。感情の方が脳内の記憶も絡んで、より複雑な生じ方をする。

 ただし、これはダマシオの描く図式であり、情動と感情の使い分けは研究者により多少異なる。ダマシオはアフェクト(affect)という概念も用いている、話が込み入ってくるので、そこには踏み込まないでおく。英語でのemotionfeeling、あるいは日本語での情動、感情、感じといった用語は、研究者により使い方がまちまちで、用語の使用法を統一するのは、少なくとも現在は無理に思える。ただ外的環境の変化や身体の変化に即応する形で瞬間的に生じる心の動きと、ある程度持続して存在する心の状態を区別するやり方は多くの論に見られる。

 ダマシオの考えでは、生物は神経系を持つと心を持つようになり、内部に感情を持つようになる。あらゆる脊椎動物は感情を備えている。脊椎動物の感情の話から人間の信仰に関わる感情の話までは、5億年ほどの大層な時間の隔たりがあるが、進化論的な見解からすればずっとつながっているテーマである。鶴の恩返しの話、浦島太郎と亀の話など、説話には人間と動物の心の交流を描いた話が数多くある。どうしてこういうストーリーになったかは措くとしても、脊椎動物に感情があることは、人間はとっくに感知していたに違いない。だからこそ動物と人間の心が通う話を、どの世代もすんなりと受け入れてきたのだろう。新宗教への入信というと現代的テーマだが、その奥底をたどろうとすると、進化論的な発想はとても魅力的である。

 ダマシオは文化的な事象の形成に果たす生物学の役割に注目した研究者として、チャールズ・ダーウィン、ウィリアム・ジェイムズ、ジークムント・フロイト、エミール・デュルケムらを挙げている。個人的にこれらの人たちは宗教研究を学際的に展開していく上では欠かせない研究者と考えているので、この点からもダマシオの着眼は現代宗教の研究にも深い関わりを持ってくると捉えている。

 

「貧病争」理論や剥奪理論の限界

 新宗教の関係者への聞き取り調査は、1970年代後半から80年代まではかなり頻繁に行なった。その後はやや散発的になった。数えてみたら2010年代までに調査対象とした教団で80以上、教祖や教主といった立場にある人だけで40人以上に面談している。面談した信者の数となると、正確には数えようもないが、少なくとも数百人に上る。そうした人たちから聞いた話は、たとえば入信の理由に限っても千差万別であった。それゆえ調査時は信者一人ひとりが持つストーリーの内容に関心が向かいがちであった。人ごとに多様なストーリーを有しており、それはときに劇的な構成になっていた。信者の側はそれを必然的なプロセスとして回顧したりする。自分はこの宗教を信じるように運命づけられていたといった理解の仕方もあった。これらの話を思い起こすなら、信者たちをそのような理解に至らしめた大きな力は、ダマシオの言う意味での感情であり、論理的な整合性、理性的な判断などが主ではないと思われてくる。

 新宗教の入信理由の主なものとして、ひところ「貧病争」という言い方がよくなされた。貧困、病気、人間関係の悩みを解決しようとして入信する人が多いという考えである。もっともこの3つは新宗教の入信に限らないだろう。キリスト教、仏教などでもさして変わるまい。1970年代後半以降になると、日本社会が豊かになったという見立てのもとに、貧・病・争のうち、とりわけ貧に代わって「漠然たる精神の悩み」が入信の動機として増えたという説も出された。

 さりとて、貧困にあえぐ人が皆宗教に向かうわけではない。病気だからといって誰もが宗教にすがるわけではない。他の悩みも同様である。グロックという米国の宗教社会学者が唱えた相対的剥奪理論では5つの剥奪のタイプが挙げられている*6。その1つが経済的剥奪で、これが一番分かりやすい。準拠集団論を踏まえているのだが、少しかみ砕くとこうなる。まず自分が周りと比べて理不尽に貧困に苦しんでいるという捉え方があり、かつそれを克服しようとしても報われない状況にあると、経済的剥奪が生じる。グロックは経済的剥奪を抱いた人はセクトに惹かれやすいとしている。

 貧病争による入信の説明も、剥奪理論による説明もある程度は頷ける。だが実際のところどうだろう。むしろ現代社会における人間の悩みの代表的なものが貧病争であり、新宗教に救いを求める人の場合も、その点では変わりがないと考えた方が筋が通る。仮に病気が大きな理由になって宗教に惹かれる人が、その新宗教の信者の半分以上を占めたとしても、一般的に病気に悩んだことのない人の方が少ないわけだから、ことさら新宗教に入信するのが病気治しのためと説明するのもどこかスッキリしない。それに病気が治ったので信仰を続けるというわけでもなく、治らなかったけれども深い信仰に至ったという人も少なくない。これはこれで大事な点であり、いずれ扱いたい。

 人間の抱える心の悩みは多くの場合、貧病争あるいは精神的な悩みと表現できる。それらの悩みを解決する一つの手段として宗教がどの文化においても機能した。そのように考えれば、新宗教の信者だけがことさら特徴的な入信理由を持つとみなすのは、あまり説得的ではない。それゆえ宗教社会学では、近代に急速に信者を増やした新宗教に注目する時は、近現代の社会的環境のもとで、新宗教のどのような対処法が人々の求めるものにより広く応じるものであったかに焦点を当てたりした。

 

悪用もまたある

 人間の抱える悩みとそれが宗教に向かう理由に関して、ダマシオが注目したホメオスタシスと感情の関係は興味深い。米国の生理学者ウォルター・キャノンが20世紀前半に用いたホメオスタシスという概念は、恒常性と訳されたりするが、体内の平衡状態を維持するメカニズムを指す。ダマシオはこの語にもっと積極的な意味を付与している。何があっても生存し未来に向かおうとする、思考や意思を欠いた欲求を実現するために必要な、連携しながら作用するもろもろのプロセスの集合という捉え方である。やや分かりづらいかもしれないが、生存のため未来に向かった非常に複雑な無意識的力が、絶えず働いていることを言っている。

 感情は生体内の生命活動の状態を、その個体の心に告知する手段だと見なしているので、ホメオスタシスが不備であると、主にネガティブな感情で表現される。他方、適切なレベルに保たれているとポジティブな感情になる。ダマシオは宗教的信念の発達については、親しい人の喪失からくる悲しみに最も密接に関係するものと捉えている。つまり、喪失やそれに伴う苦しみによって引き起こされた、個人や集団のホメオスタシスの混乱が、宗教的信念を含む文化的反応によって軽減され得るという理解である。ちなみに、ダマシオは宗教的な信念や実践が与えてくれる感情やホメオスタティックな動機付けが最も顕著に見られるのは仏教と考えている。ブッダは人間の本性を腐食する側面として苦しみを捉え、その最も主要な要因である「快楽は常には得られないのに、いかなる手段を使ってでもそれに耽(ふけ)ろうとする欲望」を抑制することで苦しみを取り除こうと解釈している。欲望を満たそうとあがくことの無益を悟ることが、ホメオスタシスの安定を失うことからの解放につながると捉えている。

 このような宗教的信念とホメオスタシスの関係についての仮説が、一人ひとりの信者の宗教的信念の固さをどれだけ説明できるかは、まだ見通しは立てられない。ただしマクロな傾向を説明しようとするとき、ある程度参考にはできそうである。宗教に入信したことが、その人なりのホメオスタシスの維持に貢献しているのなら、周囲の人から見たその宗教の評価が著しく悪くても、信仰を続けようとする力は無意識のうちにずっと働くことになる。

 宗教的な信念体系の形成や維持にとって、情動や感情の影響がいかに大きいかを認識すると、カルト問題の容易ならざることが改めて感じられる。その勧誘手段に対して社会的な批判が強い団体の場合、人間がもっとも恐怖を抱く死やそれに関連した恐怖をことさら掻き立て、人々の情動、感情、ひいてはホメオスタシスを混乱させる。その上で、それを鎮める方法をこれしかないという形で、入信を勧めるやり方が顕著である。典型的には「この信仰を受け入れないと大変な苦しみが訪れる」、「入信しないと必ず不幸になる」といった物言いである。すでに信者になった人には、「信仰を捨てると地獄に落ちて苦しむ」と説く。こうした表現を馬鹿馬鹿しいと軽く考える人は、情動や感情が理性を圧倒する力を有していることを過小評価している。

 ブッダは誰もが苦しみを抱えていると思い至り、その苦しみから解き放たれる方法を説いた。ところがカルト問題の対象になるような団体は、わざわざ苦しみを心の中に持ち込んだり増大させたりする例が目立つ。現代社会にそのような団体が増えたのは、人間の心の洞察についての研究が進んだことを、いわば悪用するような人たちが多くなったからではないか。人類は「悪賢さ」にもとりわけ長けている生物であるから、この事態は避けようのないことである。少なくとも現代宗教を研究する上では、このような悪賢さの動向にも目を配らざるを得ない。

 

※次回は9/8(水)更新予定です。

 

*1:九学会連合は1947年に6つの学会で始まり、1951年以降は、日本民族学会、日本民俗学会、日本人類学会、日本社会学会、日本言語学会、日本地理学会、日本宗教学会、日本考古学会、日本心理学会の9つの学会の連合組織となった。1989年に解散した。

*2:奄美における創価学会の広がりについては拙論「奄美社会と新宗教運動―創価学会の場合を中心に」(九学会連合奄美調査委員会編『奄美―自然・文化・社会』(弘文堂、1982年)に記しておいた。

*3:宗教社会学研究会がなぜ結成され、なぜ解散したか、またその間どのような活動がなされたのかについては、宗教社会学研究会編『いま 宗教をどうとらえるか』(海鳴社、1992年)に詳しく記してある。

*4:3回の調査結果はすべて報告書として刊行されている。柳川啓一・森岡清美編『ハワイ日系宗教の展開と現況―ハワイ日系人宗教調査中間報告』(東京大学宗教学研究室、1979年)、同『ハワイ日系人社会と日本宗教―ハワイ日系人宗教調査報告書』(同、1981年)、Keiichi Yanagawa ed. Japanese Religions in California: A Report on Research Within and Without the Japanese American Community, Department of Religious Studies of Tokyo University, 1983

*5:米国の創価学会組織は、当時はアメリカ日蓮正宗・創価学会(Nichiren Shoshu Sokagakkai of America)と称していた。なお米国の組織の名称には変遷がある。

*6:グロック(Charles Y. Glock)の剥奪理論では、経済的剥奪、社会的剥奪、有機体的剥奪、倫理的剥奪、精神的剥奪の5つが挙げられている。

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