宗教文化の網の目

「宗教を信じること」が暴走しないために。偏見や差別、暴力の助長に宗教が加担するような局面を減らしたい―。一筋縄ではいかない問題を、井上順孝さんが考えます。

第24回(最終回) 常に変わる環境へのサ-チライトがつながりを照らす

意識的な選びと無意識的な選び 現代宗教を中心的な研究対象にしているので、現在進行形で世界に起こっている宗教現象から何を読み取ったらいいのか、いつも考える癖ができてしまった。だがその多様さや複雑さには、時折目が眩みそうになる。さほど眩まないで…

第23回 進化する情報ツールで宗教の激しい変容を追いかける

目まぐるしく変わる情報ツール 宗教にとって情報のやりとりは活動の維持にとっての根幹部分である。情報を交換する手段が変わるなら、布教・教化のあり方もまた、時代とともに変わるのは必然のなりゆきである。20世紀後半、とりわけ1990年代あたりからの情報…

第22回 宗教文化の知識で「予測する心」の弱点を補うには

プーチンを支持するキリル総主教 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、夥しい数のウクライナ市民の犠牲者を出していて、世界に大きな衝撃を与えている。近現代において国家間の紛争や戦争に、宗教的な対立が絡む例がいくつかあった。宗教…

第21回 「脳のモザイク」説は宗教界のジェンダー論議にどう波及する?

女性神職を目指す人たちは増加傾向だが 国学院大学に専任教員として在籍したのは36年間である。そのうち当初からの20年間は日本文化研究所の専任教員であったが、2002年に神道文化学部という新しい学部が設置されることになり、その専任教員となった。日本文…

第20回 「日常」は「科学」より「宗教」に近いかもしれない

恐怖に着眼したヒッチコック 1990年代前半に朝日新聞社が企画した「20世紀の千人」というシリーズに、執筆者の1人として加わった。10巻本で1巻に100人の人物を扱う計画であった。その中の第8巻が「教祖・意識変革者の群れ」*1というテーマで、ここに私がこの…

第19回 事前知識の影響を受けた脳の推定が道を迷わせることもある

八方目はっぽうもく 大学時代に所属した少林寺拳法部では剛法、柔法、整法の基本的な技を教わった。剛法とは突きや蹴りなどであり、柔法とは体の構造や急所を踏まえて相手を制する方法である。整法はツボを知り経脈を整える方法であるが、按摩のようなつもり…

第18回 諸行無常なれど変化にも理(ことわり)あり

奇跡の丘が描く十二弟子 イエス・キリストの生涯を描いたパゾリーニ監督の映画『奇跡の丘』は1964年に制作された。フランスとイタリアの合作である。その中でイエス・キリストが湖で魚を漁っていたシモン(ペテロ)とアンデレに声をかけるシーンがある。イエ…

第17回 「予測する脳」はどんなとき惑わされるのか

6人のカメラマンが描き出す同一人物 2015年にキャノン・オーストラリアが行なった大変興味深い実験がある。6人のカメラマンに対して、1人の同じ人物の写真を撮ってもらうように依頼する。事前にそれぞれのカメラマンには撮影される人物について異なった情報…

第16回 カルト問題の根深さと複雑さの背景

思い込ませるのが巧みな人 だいぶ前のことであるが、バスに乗っていたら、小学校低学年とおぼしき2人の女の子がなぞなぞ遊びをやっているのが聞こえてきた。1人が「道路をものすごいスピードで走っているバスがいました。どこのバスでしょう?」ともう1人に…

第15回 故意に乱された心の行方

迫力なきイニシエーション 宗教学や人類学などでは、成人式や入社儀礼などをイニシエーションと総称する。古い集団から新しい集団への移行に伴うもので通過儀礼とも言う。元の状態から新しい状態への移行には危険が伴うから、対処する手段が必要である。また…

第14回 情動・感情は宗教的信念を守る主役

寡黙な人が急に流暢に 振り返ってみると、新宗教の信者となった人たちへの面談調査を本格的に始めたきっかけは、九学会連合*1による奄美調査に日本宗教学会からのメンバーとして参加したことである。奄美での調査は1975年から79年までの間に4回行なった。私…

第13回 「宗教2世」?「カルト2世」?

周りと違うという気づき 一口に宗教を信じているとか、信仰を持っているといっても、その程度は人によりだいぶ異なる。形だけの信者に近い人もいれば、信仰仲間への付き合い上、たまには教会や支部などに顔を出す程度という人もいる。中には信仰第一の生活を…

第12回 3人寄るのはクオラムセンシング?

文殊の知恵に必要なのは3人か 「3人寄れば文殊の知恵」はよく使われることわざである。文殊菩薩(マンジュシュリー)は弥勒菩薩(マイトレーヤ)とともに大乗経典に早い時期に登場する菩薩で、「文殊の知恵」という言葉が示すように優れた知恵を持つ菩薩とさ…

第11回 心のシンクロ現象

いっせいに光るホタルの謎 日本ではホタルは独特の情緒を喚起する生物である。童謡「ほたるこい」では、「こっちのみずはあまいぞ」と歌ってホタルを誘う。スコットランド民謡の「オールド・ラング・ザイン(Auld Lang Syne)」を原曲とする「蛍の光」の歌は…

第10回 ミラーニューロンの謎の力

ミラーニューロン説との遭遇 ミラーニューロンという言葉に初めて接したのは、ある科学雑誌の特集だった。2000年代前半であったと思うが、年月までは記憶が定かでない。ただその記事の内容から、かなり強いインパクトを受けたのを覚えている。以後ミラーニュ…

第9回 形を変える網の目

粗い目での防御 2020年の春、COVID-19の広がりが脅威となり始めた頃、ちょっとしたマスク論争が巷に見られた。通常の布マスクの目はコロナウイルスを防ぐには粗すぎるのでマスクの効果はほとんどない、と知られるようになった。そこで、マスクはつけてもほと…

第8回 善と悪がねじれるシナリオ

『聖なる犯罪者』 2021年1月半ばにポーランド映画の『聖なる犯罪者』が日本で劇場公開となった。新型コロナウイルス感染症の第3波に襲われている中での公開になったが、かなりの注目を浴びている。タイトルからいささか不穏な印象を抱く人もいるかもしれない…

第7回 陰謀論に吸い寄せられる人たち

オウム真理教の宗教法人解散命令から四半世紀 國學院大學日本文化研究所で宗教教育プロジェクトを開始した1990年頃は、宗教教育はさほど注目される研究分野ではなかった。宗教教育をきちんとやるべきだというような論調が、突然日本社会に数多くみられるよう…

第6回 フェイクニュースの感染力

フェイクニュース時代の到来 2017年2月上旬、いくつかの博物館を調査するためワシントンに行ったとき、その近くにあったホワイトハウスの周りの様子も少し見学した。トランプ大統領が米国の大統領に選ばれ、少なからぬ数の米国の知識人たちが衝撃を受けてい…

第5回 デジタル化の波の下にあるもの

突然のZoom時代 2019年末の段階で、2020年度の大学の講義の大半がZoomを通して行なわれるなど、誰が予想したであろうか。新型コロナウイルスの感染症が拡大し始めても、教育の場にこのような影響をもたらすとまで考えが至らなかった人もいたようだが、事態は…

第4回 気付かぬままに固守するもの

グローバル化への反発の理由 グローバル化(globalization)という言葉は現在ではあちこちで使われ、もはやあまりインパクトのないものになっている。だが実際どんな意味で使っているかを確かめると、意外に曖昧で、人によってだいぶ差がある。どこの国に行…

第3回 教祖の語りと教師の語り

出会いによって人は変わる 神社への参拝や先祖供養は日本の宗教文化の中に定着している。それに対して近代に新しく起こった新宗教は、それまで地域の共同体に担われていた宗教文化、時には家族が継承してきた宗教文化と時折ぶつかることがあった。キリスト教…

第2回 継承か伝染か

突然の変貌に宗教的理由があるとき 人が変わったようになったという表現がある。いい意味にも悪い意味にも使われる。人が変わったようになったという場合は行動だけでなく、顔つき、目つきなどでも判断される。 大きな環境の変化があれば、行動や言葉遣い、…

第1回 問い続け、考え続けたいこと

新型コロナウイルスに直面して 3月下旬にAFP(フランス通信社)がイタリア北部の町ジュッサーノにあるカトリック教会のミサの様子を配信した。神父が会衆席に向かってミサを執り行う姿を背後から撮った写真であるが、席にあったのは信者たちの姿ではなく、彼…

Copyright © 2020 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.